中枢神経系に多巣性に脱髄病変を生じ,多彩な神経症状が寛解と再燃を繰り返す炎症性疾患(炎症性脱髄).
病変は時間的・空間的に多発することが特徴で,髄鞘あるいは髄鞘を形成する乏突起膠細胞を標的とする自己免疫疾患と考えられている.
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疫学
人口10万人あたりの患者数は本邦では8~9人と推定され,50~100人の患者が存在する欧米よりは少ない.
患者の約7割は女性で,初発年齢は30歳前後にピークがある.
約80%の患者は15歳から50歳までに発症し,高齢者に初発することはまれ.
原因
さまざまな遺伝因子,環境因子が関与する多因子疾患.
遺伝因子
以前からHLA遺伝子の関与が知られていたが,約1万人のMS患者を対象としたGWASの結果では,他の自己免疫疾患の疾患感受性遺伝子と共通するものが含まれており,報告された多くの分子がCD4陽性ヘルパーT細胞の分化,増殖,活性化に関与していた.
→T細胞が病態の形成に重要
環境因子
高緯度地域で有病率が高いことが知られており,少ない日照時間やビタミンD低値がリスク因子と報告されている.
EBウイルスの既感染率や,抗体価がMS患者では健常者と比較して高いことや,喫煙がMSの発症リスクとなることが報告されている.
免疫応答に重要である腸内環境が関連している可能性についても注目されている.
→食生活の欧米化による腸内環境の変化
病態
「原因不明」であるため,確たる病態モデルがない.
「炎症性脱髄」と「神経変性」が二大病理であるが,これを接続するものとして,酸化ストレスや髄鞘再生不良が存在すると考えられている.
・免疫応答自体は,髄鞘特異的に生じるものと推定されるが,その結果生じる脱髄により,鉄含有率の高いオリゴデンドロサイトから鉄イオンが放出され,炎症と相まって酸化ストレスを惹起し,神経細胞や軸索のミトコンドリア障害が生じ,「神経変性」に至る.
進行期には,これらに加えて,B細胞やミクログリアによる炎症・加齢現象なども加わり,病態はさらに複雑化する.
臨床経過
再発寛解型MS(relapsing-remitting MS;RRMS),再発寛解期の後に再発とは無関係に障害が進行する二次性進行型MS(secondary progressive MS;SPMS),発症時から再発なく慢性に障害が進行する一次進行型MS(primary progessive MS;PPMS)に分類される.
多くのMS患者は,再発と寛解を繰り返す再発寛解型MSで発症し,一部の患者は明らかな再発がなく症状が徐々に進行する二次性進行型MSに移行する.
過労が発症の誘因となることが多く,前駆症状として発熱・頭痛・感冒様症状が見られることもある.
初発症状は複視,視力障害,構音障害,運動麻痺,歩行障害,しびれ感,感覚障害,排尿困難など多彩.
未治療MSの大多数は,40歳台で歩行困難が顕在化し,50歳台には杖歩行,60歳台には車椅子依存となり,生命予後が健常人より短くなることが知られている.
検査
MRI
MSの脱髄病巣(MS plaque)を鋭敏に描出することが可能であり,診断に不可欠.
大脳・脳幹・視神経.脊髄に多巣性病変が認められるが,頭部CTで病巣を描出するのは困難.
通常は臨床症候に対応する病巣が確認でき,無症状の病変も検出することが可能であるが,責任病巣を同定できない例もある.
造影MRIでは活動性病変が造影される例が多い.
脳脊髄液検査
オリゴクローナルバンドが陽性となる例や,急性期にミエリン塩基性蛋白が増加する例が多いが,特異的な所見ではない.
視神経脊髄炎関連疾患の除外
視神経脊髄炎関連疾患(neuromyelitis optica spectrum disorders;NMOSD)の鑑別のため,自己抗体である抗aquaporin 4抗体(抗AQP4抗体)と抗myelin oligodendrocyte glycoprotein抗体(抗MOG抗体)を測定し,陰性を確認する.
MSとNMOSDは治療反応性が大きく異なることが判明しており,特にMSのDMDsはNMOSDを増悪させる可能性がある.
*抗AQP4抗体の感度は約7~8割程度で,偽陰性が生じるため注意が必要.
診断
改訂McDonald診断基準(2017)
「空間的多発性」と「時間的多発性」をどのように示すか,特にMRIの適用について合意形成を行ったもの.
多発性硬化症は他疾患として説明できない「原因不明」であることが前提になる.
→本診断基準を鑑別診断に用いることは避ける.
無症状者への適用は想定されておらず,本邦においては,適用前に抗aquaporin 4抗体と抗myelin oligodendrocyte glycoprotein抗体が陰性であることを確認しておく(視神経脊髄炎関連疾患を除外する).
空間的多発性 dissenmination in space(DIS)
A or B
A.異なる2種類以上の神経症状
B.MRIで下記の2ヶ所以上でT2病変(症候性でもよい)を認める.
①脳室周囲 ②皮質/傍皮質 ③テント下 ④脊髄
時間的多発性 dissenmitation in time(DIT)
A or B or C or D
A.異なる時期に2回以上の神経症状
B.新規のT2病変or造影病変の出現
C.MRIで造影病変と非造影病変が混在
D.脳脊髄液中オリゴクローナルバンド陽性
治療
中枢神経系は不可逆的後遺症が生じやすいため,原則は早期診断・早期治療.
急性期治療としては副腎皮質ステロイドが使用され,急性増悪期間を短縮し,後遺症を軽減して回復の程度を高める効果がある.

長期予後を見据えた治療戦略を意識する.
治療目標は,no evidence of disease activity(NEDA).
①臨床的再発がない.
②身体障碍の増悪がない.
③MRIでの活動性がない.
④脳萎縮の進行がない.
第一選択薬→グラチラマー酢酸塩,IFNβ-1a,IFNβ-1b,フマル酸ジメチル
第二選択薬→フィンゴリモド,ナタリズマブ
一般にIFNβ1b,IFNβ1a,グラチラマー酢酸塩,フマル酸ジメチルの4剤は相対的に「弱い」薬剤(ストライクゾーンが狭い)で,フィンゴリモドとナタリズブマブは「強い」薬剤(ストライクゾーンが広い)と考えられている.
ストライクゾーンが広くなるにつれて,一般論として重大な副作用のリスクが高まる.
→予後不良因子(男性患者・比較的高齢での発症・病初期に再発が多いなど)のある症例では,ストライクゾーンが広い薬剤から選択するのが一般的.
インターフェロンβは再発を有意に抑制し,障害度を軽減することが示されている.
フィンゴリモド,グラチラマー酢酸塩,ナタリズマブも再発予防薬(疾患修飾薬)として認可されている.
インターフェロンβ1b,インターフェロンβ1a
インターフェロンβ1b→ベタフェロン® 皮下注射(隔日)
インターフェロンβ1a→アボネックス® 筋肉注射(週1回)
標的:IFNα/β受容体(IFNAR1/2)
再発率:約30%低下
身体障害度:約30%抑制
MRI活動性:約80%抑制/約50%抑制
脳萎縮抑制:±
添付文書上重大副作用:自殺企図,間質性肺炎
AQP4(+)症例:おそらく悪化
妊娠出産:早産リスク
ナタリズマブ
タイサブリ® 点滴(月1回)
標的:α4 インテグリン
再発率:約70%低下
身体障害度:約40%抑制
MRI活動性:約90%抑制
脳萎縮抑制:+
添付文書上重大副作用:PML
AQP4(+)症例:悪化
妊娠出産:胎児血液異常
長期使用時の重篤な副作用として,JCウイルス(John Cunnningham virus;JCV)感染による進行性多巣性白質脳症(progressive multifocal leukoencephalopathy;PML)
・致死的になりうる.
・JCV抗体陰性者 or JCV antibody index≦0.9で使用する
・4週の投与間隔を5週間隔以上に延ばすことで発生リスクが顕著に減少する.
フィンゴリモド
ジレニア® イムセラ® 内服(1日1回)
標的:SIP抗体
再発率:約50%低下
身体障害度:約30%抑制
MRI活動性:約80%抑制
脳萎縮抑制:++
添付文書上重大副作用:黄斑浮腫,徐脈性不整脈,感染症(含PML)
AQP4(+)症例:悪化
妊娠出産:催奇形性
日本人MS患者におけるフィンゴリモド使用者では,欧米人MS患者よりもPMLの頻度が約10倍高い.
→JCV抗体陽性者では,少なくとも半年に1回は頭部MRIでモニターする.
グラチラマー酢酸塩
コパキソン® 皮下注射(毎日)
標的:T細胞?
再発率:約30%低下
身体障害度:約10%抑制
MRI活動性:約30%抑制
脳萎縮抑制:±
添付文書上重大副作用:なし
AQP4(+)症例:無効
妊娠出産:なし
フマル酸ジメチル
テクフィデラ® 内服(1日2回)
標的:Nrf経路(?)
再発率:約50%低下
身体障害度:約40%抑制
MRI活動性:約90%抑制
脳萎縮抑制:+
添付文書上重大副作用:なし
AQP4(+)症例:悪化
妊娠出産:不明