個人的なまとめノートで,医療情報を提供しているわけではありません.
診療は必ずご自身の判断に基づき,行ってください.
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冠動脈内プラークの破綻とそれに伴う血栓形成により冠動脈内腔の高度狭窄や閉塞を来たすことで急性心筋虚血を生じる臨床症候群.
急性期治療が適切に行われないと急性期死亡率が高く,生存しても慢性期には心不全の原因となり,慢性期死亡率も高い.
→迅速な診断,緊急治療を要する.
病態
冠動脈に存在した脆弱な不安定プラークが突然破綻し,内容物が血流に接触することで引き続き血栓が形成されることにより冠血流が急激に制限される.
・破綻しやすい不安定プラークは脂質が豊富で周囲を覆う線維性被膜が薄く,リンパ球やマクロファージなどの炎症細胞が浸潤していることが病理学的特徴として明らかにされている.
・血管内皮障害に引き続いて起こるマクロファージの集簇は,動脈硬化プラークにおいて最も重要な病理組織学的所見であり,プラーク形成のみでなく不安定化にも深く関わっていると考えられている.
病型分類
急性冠症候群の分類および治療方針の決定は心電図所見に基づいて行われる.
ST上昇型心筋梗塞 ST-elevation myocardial infarction;STEMI
ST上昇を認める場合には虚血責任冠動脈は完全に閉塞していると考えられる.
→直ちに再灌流療法
非ST上昇型心筋梗塞 non-ST-elevation myocardial infarction;NSTEMI
不安定狭心症 unstable angina;UA
症候
症状
胸痛の性状は,前胸部や胸骨裏部の重苦しさ,圧迫感,絞扼感,息が詰まる感じ,焼けつくような感じと表現されることが多いが,単に不快感と表現されることもある.
症状を認める部位は,胸部に限らず,背部・腕・肩・顎にも放散することもあり,顎~臍部までの症状は非典型的であっても急性冠症候群の可能性は否定できない.
持続時間は,不安定狭心症では数分以内であることが多く,心筋梗塞では20分以上で数時間に及ぶことが多い.
心電図
非侵襲的,簡便,迅速に行うことができる基本的な検査.
10分以内に12誘導心電図を記録する.
心電図で異常所見がないからといって急性冠症候群の可能性は否定できない.
*STEMIでも超急性期には心電図変化がまだ明らかなでないこともある.
→以前の記録や時間を空けて記録した心電図と比べると変化が明らかになる場合も少なくない.

心電図診断では,「比べる」ことが何より重要
右側胸部誘導(V3R・V4R誘導)
前胸部誘導(V3/V4誘導)を正中線で左右対称になる部位に電極を装着する.
右室虚血の診断に有用.
→V4R誘導の0.1mV以上のST上昇は,急性下壁梗塞で右室梗塞合併の心電図診断指標.
背側部誘導(V7-9誘導)
V4誘導と同じ高さで,V7誘導は後腋窩線との交点,V8誘導は左肩甲骨中線との交点,V9誘導は脊椎左縁との交点に電極を装着し記録する.
12誘導心電図で左室後壁に面する誘導がないため診断が難しく,背側胸部誘導(V7-V9誘導)の記録が有用.
急性期診断
第1段階:問診,身体所見,十二誘導心電図(来院後10分以内に評価)
急性下壁梗塞の場合,右側胸部誘導(V4R誘導)を記録する.
急性冠症候群が疑われる患者で初回心電図で診断できない場合,背側部誘導(V7-9誘導)も記録する.
第2段階:採血,心エコー,胸部X線写真
画像検査は,重症度評価や他の疾患との鑑別に有用であるが,再灌流療法が遅れることのないよう短時間で行う.
持続的ST上昇あり
STEMIの診断
→トロポニンなどの心筋バイオマーカーの結果を待たずに直ちに再灌流療法
トロポニンの採血結果が出るまでにかなりの時間がかかってしまうため,採血の結果を待つことなく,心臓カテーテル室に入室し,カテーテルを開始する.

心電図のST上昇をみた場合,直ちに心臓カテーテル治療を開始する!
持続的ST上昇なし
非ST上昇型急性冠症候群(初期診断)
→心筋バイオマーカー(心筋トロポニンが望ましい)を測定し,鑑別(NSTEMI or UA)
虚血責任冠動脈は完全閉塞には至っていないことが多く,早期に的確なリスク層別を行い,リスクに応じた治療方針を決定する.
入院後に経時的に心筋バイオマーカーを測定し,その変化により最終診断を行う.
心筋バイオマーカーの一過性上昇or下降あり
→NSTEMI→24時間以内の血行再建を考慮
・高感度心筋Tnの場合は再検し,時間的推移を評価
→定性検査の場合は6時間後に心筋Tn再検,高感度心筋Tnの場合は1~3時間後に心筋Tn再検
心筋バイオマーカー正常
→UA→ハイリスク群では冠動脈造影
・症状出現からの経過時間が6時間以内の場合
→定性検査の場合は6時間後に心筋Tn再検,高感度心筋Tnの場合は1~3時間後に心筋Tn再検
治療
往診時または診療所などの医療機関で急性冠症候群が疑われる患者を診察した場合,ただちにバイタルサイン・身体所見・十二誘導心電図を記録・評価し,初期治療を開始するとともに119番通報して迅速に救急車を要請する.
再灌流療法
冠動脈の狭窄・閉塞が原因であり,その治療は血行再建術による冠動脈血流の改善が根治術になる.
STEMIでは,心筋壊死が進行しており,緊急の再灌流が必要となる.
→患者が病院のドアを通過してからPCIで冠動脈を再開通するまで90分以内が推奨.
primary PCIが劇的に死亡率を減らす.
PCI:percutaneous coronary intervention
PCIが第一選択
primary PCIは,本邦で行われている再灌流療法の90%以上を占めている.
再開通率は90%を超え,出血性合併症も少ないが,24時間体制の心臓カテーテル室,PCI可能な医師・コメディカルスタッフが必要となる.
発症から再灌流までの総虚血時間の短縮が特に重要であり,door to device timeの目標時間を60分以内とし,90分以内は最低限の許容時間.
発症早期(発症2時間以内)の比較的若年(65歳以下)患者で,虚血領域が広い場合にprimary PCIを速やかに行えないときには血栓溶解療法を選択する.
橈骨動脈アプローチ法
・大腿動脈アプローチ法より死亡率が低く,第一選択
・出血リスクが低いため,心筋梗塞関連の出血合併症のリスクが減る.
ガイディングカテーテル
IKARIカテーテルがSTEMIの時間短縮に有用
血栓溶解療法
組織型プラスミノーゲン活性化因子(tissue plasminogen activator;tPA)による血栓溶解療法はPCIができないときの第二選択
*NSTEMIやUAに対する適応はない
血栓溶解薬の静脈内投与で簡便であるが,梗塞責任部位の再開通率は60%前後と低く,脳出血などの致死的出血性合併症も頻度は少ないが生じることがあるため,治療開始前には禁忌を確認する.
tPAを使うことなくPCIを行うprimary PCIのほうが明らかに死亡率が低い.
→医療者の接触から2時間以内にPCIを行う見込みがないときに行う.
CABG:coronary artery bypass grafting
第三選択
優れた血行再建法であるが,STEMIでは病院到着から再灌流まで90分以内が推奨されており,病院到着から90分以内の再灌流を達成するのが不十分.
→PCIが不成功or施行困難な場合に緊急CABGを検討する.
内科的治療(急性期)
塩酸モルヒネ
胸痛の持続は心筋酸素消費量を増加させ,梗塞巣の拡大や不整脈を誘発するため,鎮痛・鎮静は速やかに行わなければならない.
唯一の鎮痛薬.
・ペンタゾシンはACSに対しては血管抵抗を増加させるため,慎重投与
・NSAIDsなどでは鎮痛は困難
モルヒネは,肺血管抵抗を下げ,肺水腫を改善し,血管抵抗も上げないため心破裂などの心配も少なく,死の不安を取り除くなど,最も適切な鎮痛薬になる.
→全例にルーチン投与する必要はないが,鎮痛が必要な場合は躊躇する必要はない.
塩酸モルヒネは2~4mgを静脈内投与し,効果が不十分であれば5~15分毎に2~8mgずつ追加していくが,呼吸状態や血圧変動,嘔吐などの副作用に注意する.
酸素吸入
低酸素血症,心不全,ショックの徴候がある場合に酸素投与を開始するが,SpO2 90%以上の患者に対してルーチンの酸素投与は推奨されない.
動脈血液中の酸素が低下していない場合は,特に治療成績に差はない.
→ルーチンに投与する必要はなく,動脈血液中の酸素が投与している場合に使用
ニトログリセリン舌下投与
胸部症状のある患者には,速効性であるニトログリセリンの舌下or口腔内噴霧を行う.
血栓に対する効果はないが,冠攣縮には有効.
→ACSの原因は初診時には特定できないため,禁忌がなければニトログリセリン舌下投与
禁忌→ショック,PDE5阻害薬(バイアグラ®など)服用後24時間以内
速効性製剤は血中濃度が急激に上昇するため血圧低下を来たしやすい.
・めまいやふらつきを生じ,顕著な血圧低下から意識消失やショックに陥る例もある.
→高齢者や脱水を伴っている場合の投与は注意を要する.
→血圧低下を来たした場合,緊急の対応法は下肢挙上
抗血小板薬
アスピリンは急性冠症候群患者の予後を改善する.
重篤な血液異常,アスピリン喘息や過敏症のある患者を除き,できるだけアスピリン162~200mgを噛み砕いて服用させる.
*アスピリン禁忌の場合は,チエノピリジン系抗血小板薬
ACSに対しては,アスピリン+P2Y12阻害薬の2種類の抗血小板薬投与が有効
急性期にはローディング量を投与する.
STEMIの場合は,primary PCIを実施し,迷わずアスピリン+P2Y12阻害薬を投与する.
NSTEMIでCABG手術の可能性がある場合には,P2Y12阻害薬は効果が切れにくく手術時の止血困難を招くため,まずアスピリンを投与し,血管造影を行ってCABGを選択しないことを確認してから,P2Y12阻害薬を投与する方法もある.
機械的サポート
心不全やショックを合併する場合,心不全治療が適応されるが,不十分な場合は,機械的サポートが必要となる.
大動脈内バルーンパンピング法 intra-aortic balloon pumping;IABP
拡張期の血圧を増加させ,拡張期に流れる冠動脈の灌流を改善させる.
血圧サポートとして有効であるが,心拍出量のサポートは少ない.
経皮的心肺補助装置 percutaneous cardiopulmonary support;PCPS
右心房から脱血し,人工肺を通し酸素化した血液を動脈に還す.
心拍出量および酸素化のサポートは有効であるが,血圧のサポートは少ない.
IMPELLA®
左室のカテーテルからポンプで脱血し,大動脈へ出す.
心拍出量のサポートであると同時に,左室の負荷を減らすことから,心筋壊死の進展予防が期待されている.
酸素化のサポートはない.
急性期合併症
機械的合併症
急激な心筋の壊死から心筋が断裂することで合併する致死率が高い合併症.
発症24時間以内と,3~7日の間に発症のピークがあるが,発症後30日目までは合併のリスクがある.
・primary PCIが広く施行されるようになり,3~7日のピークは減った.
心破裂
心臓の自由壁が破裂することで,心膜腔へ出血し,突如心タンポナーデを来たす.
通常の心破裂は即死であるが,偶然にも破裂した部位がバルブ状になっており出血が微量であれば,救命の時間がある.
治療としては,緊急手術以外に救命の方法がない.
小さな領域の心筋梗塞でも合併することがある.
心室中隔穿孔
中隔梗塞に伴う心室中隔の断裂
・左前下行枝(LAD)の梗塞に合併する.
突然起こる左右シャントの結果,収縮期雑音を聴取し,血行動態が突然悪化し,心不全を合併する.
急激に進行する治療抵抗性の心不全であり,手術による閉鎖をしないと死亡率が高い.
乳頭筋断裂
乳頭筋が断裂することで起こる僧帽弁閉鎖不全.
突然の逆流で,血行動態が突然悪化し,心不全を合併する.
→急激に進行する治療抵抗性の心不全であり,手術が必要.
前乳頭筋はLADと左回旋枝の二重支配,後乳頭筋は右冠動脈の支配であることが多く,RCAの梗塞に伴う後乳頭筋断裂を見かける頻度が多い.
心原性ショック
心筋梗塞に伴う心原性ショック(SBP≦90)は極めて死亡率が高く,9割以上死亡する.
ドーパミン,ドブタミン,ノルアドレナリンなどのカテコラミンの点滴静注,機械的補助を行うが,救命にはprimary PCIによる再灌流治療が必須.
・primary PCIが成功しても,約4割は死亡する.
右室梗塞
右冠動脈が原因の心筋梗塞は下壁梗塞となり,右室枝も梗塞範囲となると右室梗塞を合併する.
・臨床的に問題になるのは下壁梗塞の約10%程度
右室からの低拍出となることで,低血圧・ショックを合併するが,通常の重症心筋梗塞に合併する肺水腫が逆説的に認められない.
診断は心電図のV4R誘導(右側胸部誘導)のST上昇,心エコーでの右室の壁運動低下・右房圧の上昇などから行う.
治療としては,左室前負荷を増やすために,大量に輸液を行い,肺動脈楔入圧を15mmHg以上に上昇させることを目標とする.
心室性不整脈
心筋梗塞急性期には,VF・VTをしばしば合併する.
・発症早期に多く,心筋梗塞の院外死亡の原因.
緊急で電気的除細動を行う(市中の場合には,AED).
薬物治療として,アミオダロンやニフェカラントを使用する.
発症後48時間以降には頻度は低下するが,VTやVFを来たす場合には,着衣型自動除細動器を使用する.
植込み型除細動器は,心筋梗塞発症後40日以内の植込みには有用性が認めておらず,40日以後に検討する.
・LVEFが低下した心不全例が対象
徐脈性不整脈
完全房室ブロックを合併する場合には,体外式ペースメーカを挿入する.
アトロピンは有効.
再灌流治療により,機能が回復することが多く,恒久的ペースメーカが必要になることは稀.